WEB対談 「東村アキコ×山下昇平」
――高校の美術部に入った段階では、美術的な教育を受けたり、たとえば、どこか教室へ通ったりはしていたんですか?
東村:その話については私から。私の『かくかくしかじか』(2015年マンガ大賞、文化庁メディア芸術祭マンガ部門大賞)という作品にも登場する日高先生(日岡兼三氏)という方がいるんですが、その日高先生の絵画教室に誘ったんですよ。
山下:あー、はい、そうでした。
東村:すごく誘ったんだよ!!
山下:はい、ありがとうございます(笑)。
――(笑)。
東村:「入りなさい、入りなさい。絶対いいから。絵を教えてもらえるから」って。「あんたのようなやつこそ入らんといかん!!」って言って、連れていったんだけど、すぐ辞めたよね。
山下:いや、半年くらい行ってましたよ。
東村:ウソー! マジで?!!
山下:行ってました、行ってました。
東村:だから、いつ?
山下:先輩が卒業したあとですわ。
東村:半年も行った?
山下:行ってます、行ってます。
※「かくかくしかじか」全五巻 集英社
東村:でも、やっぱり先生とぶつかっちゃって、ぶつかり倒して、辞めたんですよね、この子。
山下:いや、そんな感じでもなかったですよ。
東村:ぶつかったっていうか、先生が「あいつなんか、俺がどうこうじゃねえな」みたいな。ケンカとかじゃないんだけど、「あいつは俺、教えれんわー」みたいなことを先生が言ってて。だって、卒業までおらんかったやろ?
山下:まあ、だから、それで先生のところに行かなくなっただけで、それまでは行ってましたけど。
東村:でも、日岡先生が私に「昇平来んくなったけど、もう1回来させてよ」っていうのはなかったよ。「あいつはちょっと……」みたいな感じだったし。
山下:だって、行くと、みんなは教室で真面目にデッサンしてるのに、「おっ!昇平来た!」って、僕にはバナナとお茶が出てきて、ずっと2時間ぐらい話してるんですよ。
東村:そうね。なんか、アーティスト仲間みたいになっちゃったんだよね。私はあくまでも先生の教え子だったけど、昇平は美術家仲間として、いきなり同じゾーンで認められて、友達みたいになったってことだよね。
山下:かもしれないですね。
東村:なんであんた、先生のお葬式来んかったと? 知らなかった?
山下:知らなかった。
東村:ホント? 呼べばよかったね、私も
山下:先生が危ないって話は知ってたんですけど。亡くなったって聞いて、そうだったんですかって。先生にもらった使いづらいお茶碗とか、今も持ってますよ。あと、絵も。「燃やしといてくれ」って言われて渡されたやつもいただいてしまいました。
――先生の絵ですか?
山下:はい、先生の。まあ、カフカと一緒ですよね。「燃やしといてくれ」って言われて、「はい、そうですか」って燃やすヤツがいるかっていう(笑)。
――その日岡先生に指導を受けていたときの感じって、どういうふうに記憶に残ってますか?
山下:きちっと「ここはこう描け」って言われて、「ああ」ってやって。で、「えっ、いや、そう見えない!」とか言い張ってましたね(笑)。
東村:全然言うこと聞かないんですもん。
――本人は聞くつもりなんですかね?
東村:聞く気ないですね。秋山仁さんって数学者の方がいらっしゃるでしょ、「数学オリンピック」の。あの方が高校へ講演会に来たんです。そのときに、「昇平ってこういうタイプだ!」ってすごく思ったんですよ。たとえば、「同じものを見てても、別のものに見えてるんだろうな」っていう感じの話なんですけどね。秋山さんは子どものときに“お受験”をしたんですって。
山下:あー、それ、覚えてますわ。
東村:そのときに私、それで天才と普通の人の違いがわかったというか。秋山さんが受けた幼稚園の試験で、「そこのコップの中に水を入れて持ってきてくれる?」って言って、基本的な行動ができる子かどうか見るっていうような試験があったそうです。そのとき、秋山さんもガラスのコップを渡されて「コップの中にお水を入れて持ってきてください」って言われたんですけど、秋山さん、そのコップを床に叩きつけてバリンと割っちゃったんですって。で、試験に落ちちゃった。「あ、この子おかしい」みたいになったんでしょうね。でも、秋山さんは「このコップの中に水を入れて」って言われたときに、その“中”っていうのは、コップの“厚みの中”だって思ったんですって(笑)。
山下:すげえ(笑)。
東村:だから、「この中に入れて」って言われたら、「とりあえず割って考えよう」って思って割っちゃったんですって。で、ご本人としては「落ちちゃって訳わかんない」と。でも、私はその話を聞いたときに、「ああ、昇平と一緒だなあ」って思って。ムードも似てるんだけど、たぶん全部そんな感じなんですよ、昇平も。
山下:その話を聞いて、僕も感心しましたけどね、「秋山仁ってすげえな」って思って。
東村:いや、私の衝撃度のほうが高い。「これだっ!」って思ったもん。講演会とかって、人生の中で大事なものですね。そしてそれ以来、たまにそういう人に会うわけですよね。天才系というか、“ぶっ飛んでる”人に会うときに、いつもそのコップの話を思い出します。こっちが「こうしてくださいね」って指示したり、お願いしても、そういうことが全然通じない。そんなときは「ああ、この人はあのコップ系の人だな」って思って乗り切るようにしてるんですけど。
――僕も山下さんに「こういう感じのをお願いします」っていうように、だいぶ長い間やってきてますけど、うまい距離感で違うことしてきますよね。
東村:ああ、そうですよね。
――それ、わざとかなって思ってたんですけど、ようやく腑に落ちました(笑)。「こいつ、手抜いてんのかな」って思うこともあったりして。やり切れていないというか。でも、そうじゃないところも大きくて。
山下:あー、意識してないところもあるみたいですね。わかんないところで。
――でも、山下さんとはそこも含めて仕事しないと。
東村:そうなんですよね。
山下:ご苦労をおかけします(笑)。
――でも、今やいろいろな出版社で、本当に“お仕事お仕事”した仕事もされてますからね、手広く。
山下:してますよ、一応。
東村:マジで? それは編集者が優秀なんじゃないの? マネジメントしてる人が。
山下:おかげさまで(笑)。
――そうか、天才だったんですね、山下さんって。
山下:今のところ、そんな気配はないですけどね(笑)。
東村:天才だと思いますね。高校のとき、生協とかでアイスを注文すると発泡スチロールにドライアイスが入ってきて、それをコップに入れると、煙がモクモク出て楽しいよねっていう話をしてたら、昇平が「あれ、面白いですよね。湯船のお風呂の残り湯にシャンプーとか洗剤なんかを満杯に入れて、ドライアイスぶっ込むと、どんどんシャボン玉ができるんですよ」って言って。「そこまでやんねえ」って、こっちは(笑)。そんなこと思いつきもしないし、思いついたとしてもやらないですよね。昔、なんかそんなこと言ってたよね?
山下:言ってました、言ってました。それ、先輩がドライアイスの漫画描いてるときじゃないですか?
東村:ああ、私が漫画家になってからか。
山下:でも、高校のときにそうやって遊んでたんですけどね。
東村:なんで洗剤を入れるの?
山下:んー。
東村:私、この話、結構好きなんです(笑)。
――(笑)。最近の山下さんの作品はご覧になっていますか?
東村:ごくごく最近のはあんまり見てないかもしれない。
――彼と一緒に作った『ダニッチ・ホラー』って映画があるんです。人形でやった作品なんですけど(※『H・P・ラヴクラフトの ダニッチ・ホラー』のこと)。
東村:ああ、観ましたよ。すごく素敵ですよね。
――今のお話でさらに腑に落ちたんですけど、そのときも、本人も気づいてないくらいのものが見えるんですよね、カメラを通して見ると。 ダニッチ・ホラー』のこと)。
東村:ああ、“昇平あるある”ですね、それ(笑)。
――だから、撮影監督の小笠原さんも「天才だ、天才だ!」って言ってましたね。 ダニッチ・ホラー』のこと)。
東村:私もそうだけど、普通はたとえば無駄な労力がかかることなんてしたくないから、「ここはあんまり読者も見ないから手を抜こう」とか、「ここにピントを合わせていこう」みたいな感じになるじゃないですか。でも、昇平は違うんですよね。
山下:山下:僕もそう思って生きてるつもりなんですけどね。
――そこのポイントが、普通とは違うところだったりするんですよね。
※「H・P・ラヴクラフトの ダニッチ・ホラー」2007年 東映アニメーション 画ニメ本個展期間中イベントとして8/27−9/4まで個展会場にて特別上映
聞き手:品川亮(映画監督)/小森和博(宣伝プロデューサー)
写真撮影:小笠原学
着付け:近江川葉月(キモノ葉月)