WEB対談 「東村アキコ×山下昇平」
――いつぐらいまでに、それ(プロデュース)をやろうと思ってらっしゃったんですか?
東村:実は、この子の最初の個展とかも、私が「やりなさい」って言ったんです。私がお金を出してやったりとかしてたんですけど。
――それはいつごろの話ですか?
東村:10年前ぐらいだと思いますね。
――そんなに最近までですか。
東村:私がテオ(※1)になるしかないと。私はそういうプロデュース系のことも好きなので、できると思って。アートって、自分のことをどれだけ“かっこつけて売るか”みたいなところがあるじゃないですか。作業の工程とか、出来上がったものはなんでもよくて、それをうまいことかっこつけて“よく見せる”みたいな。
※1 テオドルス・ファン・ゴッホ――時代の切り口というか、どう提供するかっていうことですよね。
東村:みんなが食いつくようなパッケージに入れるかどうか、というようなところなんでしょうけど、昇平はパッケージに入れる気がないし、パッケージという概念もないんですよね、多分。
山下:まあ、世の中の作品のイメージはわかるんですけど、そういうことをやる気はないですね。
東村:ね? こういう子なんです。この子、マジでおかしくって。
※山下昇平個展 2006「都会の隙間」
――(笑)。
東村:例えば、「この書類に名前を書け」って言っても、その欄に名前を書けないんですよ。わかります? 「この部分に書かなきゃいけない」「ここに山下昇平って書け」って言ってるのに、全然違うところにグッチャグチャに書くんですよ。そういうところは、うちの弟(森繁拓真氏)も毎回すごくキレてて。弟が「名前をここに書いて」って言ったのに、昇平は読めない字でグッチャグチャに書いてきて。そのとき、弟は2日間ぐらい怒ってました。「あの人はそういうところから教育しないとダメだ。ちゃんと社会生活が送れない」みたいなことを言って。
山下:あー、拓真もそんなこと言ってたんだ(笑)。
――じゃあ、今はものすごく社会性が上がったということですね?
東村:あ、今は大丈夫ですか?
――大丈夫ですよ。
山下:だって、先輩と久しぶりに会ったとき、びっくりされてたじゃないですか。人と話ができるようになってるって(笑)。
東村:そうだね(笑)。
山下:「人と会話ができるようになってる……! 昇平が……!」って。僕は「あれ? 昔からしてたつもりだったけどなー」って。
東村:突然歌い出したりとかもしてたよね。
山下:あれで伝わると思ってたんですよね。
東村:もう、バカでしょ!(笑) それまで普通に喋ってたのに、突然歌い出して。それで、もう歌わなくなったから、「でさあ」って話を続けるみたいな感じだった(笑)。 そういう昇平を見てきてから社会に出ていろんなアーティストの展覧会とか行く様になって、エキセントリックを演出する人もたくさん見たんですけど、「いやー、養殖だなー」みたいな感じで(笑)。宮崎の天然物を食べたあとだと、ちょっと白々しいなあって思っちゃうんだよね。
山下:そんなに天然だったのかあ。
東村:美術室に、授業で使う陶芸の粘土があったんですよ。昇平はそれを丸めて投げるんです。美術室がある校舎と、向かいにほかの授業をする校舎があって、この間に10メートルぐらいの中庭みたいなのがあるんです。昇平はそのグッチャグチャの粘土を、美術室の窓から向こうの校舎の壁に投げて。ギリギリ届いて、壁に粘土がつくんですよ、ベシャッて。それをずっとやってたりとかして。
山下:面白くてしょうがなかった(笑)。窓ガラスに当てても割れなくて。ピターッと張りついて面白いなあと。
東村:それを、誰かに「一緒にやろうぜ!」って言うとか、そういうんじゃないんですよ。ひとりで黙々とやってるんです。こっちはもうドン引きして。毎日そんな感じでしたね。
――東村さんが部長だったというのはわかるんですけど、次の部長は山下さんだったんですよね。そういうことを目の当たりにしていたのになぜ部長に?
山下:僕しかいなかった(笑)。
東村:で、もうこいつについていけなくて、全員辞めたの(笑)
――(笑)。
山下:部員って何人かいましたっけ?
東村:オタクっぽい子が何人かいたじゃないの。
山下:ああ、あとから入ってきた人もいたんじゃなかったでしたっけ?
東村:そうだっけ? 私、組織を作るのが好きなんですよね。だから、今もアシスタントがいっぱいいて。仕切るのも好きだし、元々そういうリーダー気質みたいなところがあるんですけど、そういう私の組織作り力を全部ぶち壊したの。
山下:申し訳ねぇなあ(笑)。
――そのときは、才能は認めながらも、「こいつは!」って本当に腹が立つ存在だった?
東村:毎日ブチ切れて、怒って、「お前、なんなんだよ!!」って言ってたけど、やっぱり天才だなとは思ってましたね。
――山下さんの才能に対して、悔しいっていうような気持ちとかはありましたか?
東村:あります、あります、すごくあります! 私も美大に行きたかったですし。でも、自分が描く絵って本当にダサくって。青空と入道雲とか、わたせせいぞう先生に憧れた絵ばっかり描いてたんですよ。あとは、マグリットみたいな絵とか。田舎の高校生って、マグリット好きなんですよね。1回マグリットに落ちるっていうか、“マグリット系美大生”みたいな感じで。 それで、昇平の作業とか作るものを見てると、それがダサいっていうこともなんとなくわかるんです。でも、今からこんなエキセントリックになんてなれないから、私は諦めました。ただ、漫画家になりたいって思ってたから、マグリットでもいいやっていう思いはあったんですけどね。かわいい女の子とかさえ描ければいいやって。 でも、美大に入って、そのエキセントリックをやりたい人がほとんどなんだなっていうことに気がついたんです。アーティストって本当はそうなんだと思うけど、みんな昇平みたいに“生まれつき”っていう存在になりたいんだけど、「なりたい」という意識がある時点でもう無理じゃないですか。 今では本物のアーティストの方とお会いする機会もありますが、昇平と“空気”が一緒なんですよね。この間、村上隆さんの個展のオープニングの集まりに行ったんですけど、私、そういう人を見抜くことができるんですよ。すごく遠くにいるのに、「あ、昇平みたいな空気感の人がいる」って思ったんです。パーティーなのに、ひとりだけスカジャンみたいなのを着てひょこひょこ歩いてて。明らかにムードが違うんですよね、その人は。それで、そのスカジャンの人が誰なのかあとでわかったんですけど、その人、奈良美智さんだったんですよ。なんかまとってる空気感が全然違うんですよね。
――(美術家の)会田誠さんもそういう空気感ですよね。
東村:そうですよね、そうなんです。!?」ってなって(笑)。「お母さんに『先輩たちとカラオケに行くけん、お小遣いちょうだい』って言いなさい!」とか言うんだけど、「うちはそういうシステムがないですから」って返すんです。まあ、そんな感じでカラオケに行くんですが、昇平も来るんですよね。それで、そのときに「こいつはすごいな」と思ったのが、私たちが100円入れて、聖子ちゃんとか工藤静香とかを歌っている中で、昇平が「次、僕歌いますわ」って言って、アカペラで中島みゆきの『悪女』を歌ったんですよ。
山下:そっかあ。これでも自分では、比較的まともな社会人になってきたわーって思ってたんですけどね。
東村:この子、時間とかはちゃんと守るんですよ。
――それは昔から?
東村:はい。昔からそういうのはできるんですけど。
――山下さんって打ち合わせをしてる時、ずっと関係ない絵を描いてますよね。
山下:描いてますね。
――そういうところは変わらないんですね。たしか、何かの作品が好きで美術的なことを始めたんですよね?
山下:いや、そういうんじゃなくて、ただずっと描いてたんですよ。小学生とか幼稚園の頃から、ずっと落書きを描いてました。
東村:私たちが「この作家っていいよね」とか言ってても、全然わかんないんですよ、この子。本当に何の影響もないんですよね。
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聞き手:品川亮(映画監督)/小森和博(宣伝プロデューサー)
写真撮影:小笠原学
着付け:近江川葉月(キモノ葉月)